ZENに学ぶ「心は万境に随って転ず、転ずる処、実に能く幽なり」

サトウ

こんにちは。

ローカルをオウエンする旅人 佐藤翔平(@tempurubato_yh)です。

突然ですが、この言葉、知っていますか。

禅の言葉

禅の言葉

『心は万境に随って転ず、転ずる処、実に能く幽なり』

何事にもとらわれず、こだわらず、何物にも心をとどめることなく、心を空っぽにして人生の流れに対処していく。こうした自由な心の働きこそが、実に奥深い。

私たちは、この奥深い働きを自覚しながら生きていくことが出来る。

そして、常に変化する外界に柔軟に対応しながら、自分の本性(本心、仏性)がどこにあり、どんなものかをしっかりとつかめば、喜びや悲しみにも左右されることはない。

思考が囚われる

さいきん、他者との比較、過去のあれこれ、自己の執着とのせめぎ合い、未来に対する漠然とした不安などに、思考が囚われてしまう機会がありました。

きっと、季節的なものであったり、生活環境や習慣に、心身の健康が少し犯されていたのだと思います。

もうじき生活環境も変わるので、このまま逃げ切ってやろうと思うわけですが、何にせよ、そういった『自覚』はとても重要だなぁと改めて思いました。

ただ、自覚をすること

思考を消そうとするのではなく、深めるのでもなく、ただその思考を受け入れ、在ることを認識する…一つのマインドフルネスのような、そんな時を過ごす。

しかし、運動や活動が停滞していると、心身の感覚が濁ってなかなか上手くはいきません。次の日にはまた、新しい思考、新しい自分がいるわけですが、どうにも、まだまだ修行が足りないなーという自覚を感じざるを得ませんでした。

比較すること

他者との比較、過去未来との比較、理想との比較…。

比較は知覚(映し鏡のようなもの)だと思うので、現在や自己を認識するためにも、僕は比較を否定することはしませんが、その比較しているモノサシ自体、他でもない自分自身が作り上げているものなので、あまりこだわりすぎても仕方ないのかなとも思っています。

『心は万境に随って転ず、転ずる処、実に能く幽なり』

自由な心の動きや揺らぎを、自覚しながら生きていく。

追求し過ぎないことも、時に必要だと思いました。

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名前:佐藤翔平 / 活動:日本のローカルをオウエンする旅人。 【移動する生き方】を実践する中でみえてきた多様な知見を共有しながら、日本各地の人と面白がれる明日を創るべく様々な社会実験をしています。  
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