【報告】TOMARIGI HOSTELの運営から離れます。

サトウ

こんにちは。

微妙に住んでいると書いて『微住』。旅でも移住でもない、微住生活を過ごしている ローカルをオウエンする旅人 佐藤翔平(@tempurubato_yh)です。

「TOMARIGI HOSTELの運営から離れます。」

2019年、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

年明け早々にこのようなお話で恐縮ですが、本日は、僕がとまり木ホステルの主要メンバーから抜けるまでの経緯と、これからのことについて、少しお話しできればと思い記事にしました。

ちょっと堅苦しい感じもありますが、次のステージに向けて動き出す僕らの葛藤や想いを、ありのままに共有できればと思います。

TOMARIGI HOSTEL

(笑顔がぎこちない2月。笑)

高知市のゲストハウス TOMARIGI HOSTELは、2018年2月15日にオープンしました。

メンバーは左から、私佐藤、代表篠田(ヨッシー)、大学生古川(もーりー)です。

こちらは、TOMARIGI HOSTELについてまとめたページです。 2018年2月より関わらせて頂いている、高知市内...

TVや雑誌、FMやWebなど各メディアで取り上げて頂く機会があった際は、「とまり木は偶然集まった3人のメンバーで運営している」というような内容で、紹介を頂いておりました。

今年2月、高知市内に、ゲストハウス〈TOMARIGI HOSTEL〉が誕生しました。昭和45年から続く〈菜園場(さえんば)商店街〉の通り沿いにあり、地元を感じられるロケーションも魅力のひとつです。ちなみにこちらの商店街、高知の名を全国に轟かせた「よさこい祭り」の競演場。ゲストハウスの目の前でも演舞を見ることができます!

(慣れてきた5月。笑)

僕らは、3人がいてこそとまり木であり、それぞれの色が一つの場所に集まっている状態を『最大の個性』として捉えていました。

しかし、大学4年生であるもーりーから「4月から横浜の会社に就職する」という話がでて以降、『最大の個性』が持続可能なものでないことに改めて気付かされました。

(そもそも僕も旅人なのだけど…)

もーりーがいなくなり、僕が抜けたとまり木は、どのような個性で戦っていくんだろう…

色々と考えてはみるものの、僕らが抜けたとまり木に魅力を感じない自分がそこにいたのです。

とまり木はどこへ向かうべきなのだろう?

これってどういうことなのだろう?

佐藤が高知へ来た理由。

2018年の2月、オープン当初に話を戻します。

僕がとまり木で関わることになった際、幾つかのミッションを自分の中で設定して高知へやってきました。

<高知に来た理由>

・高知で微住生活を送る実験をすること

・高知の魅力をヨソモノ目線で切り取り、ブログやSNSで発信すること

・今まで出会った面白い人たちに、高知やとまり木に来てもらうきっかけを作ること

・他地域の話を高知ですること、他地域の取り組みやアイデアを場に活かすこと

・とまり木を高知一のゲストハウスにすること。ヨッシーを勝たせること

実際はもっと多くの要素がありますが、簡潔に整理するとこれらの目的を達成するために高知へやってきました。

TOMARIGI HOSTELでの役割。

高知へ来る前にヨッシーとこれらのすり合わせをし、お互いに関わりたい意思を伝えあった上で、僕は高知へやってきました。

先に挙げた5つのミッションはヨッシーにお願いされたものではなく、僕がやりたいこととして当初より共有していたものなので、それとは別に、とまり木にとって必要な業務を同時に遂行していく必要がありました。

<ミッション以外の業務>

・全員ができる状態にしておくべき業務

・自分のスキルややりたいことが反映できる業務

・とまり木に足りていない役割のサポート

・(割り振られた業務や役割)

ミッション以外に、例えばこれらのことを考える必要が出てきます。

ヨッシーから明確な指示をもらうというよりは、『ジャムセッション』をしているような感じ。空いている場所、足りていない場所を自分で探し、挙手をして補っていくような働きかたが始まりました。

指示を待つのではなく、自分でみつけていく…というような姿勢が必要になる働きかたでした。

<実際の業務(一部) >

・日報やMTGの方法、現状共有のための仕組みづくりなど、組織運営に関すること

・カフェのメニュー表やゲスト向けの案内マップなどのデザイン全般

・SNSでの発信、個人ブログでの発信

・宿のメンテナンス、チェックインアウトの接客、予約管理など

・カフェ部門のアイデア出しや接客全般

・ホステル全域の改善点や提案

オープンして半年くらいは、このようなことを主にやってきました。

オープン直後はフォーマットもなければマニュアルもないので、オペレーションや仕組みづくりからゼロベースで構築していく必要がありました。

ヨッシーが開業前に作成していたものだけでは間に合わず、「これ必要」「あったほうがいい」を、場を稼働しながら作り上げてきました。

TOMARIGI HOSTELでの違和感。

(8月は1人ヘルパースタッフが入り4人体制に)

2月~9月後半までは、忙しさが加速するばかり。

忙しさやプレッシャーのあまりヨッシーが何度か倒れ、僕ともーりーが中心になって現場を回す日々もありました。ヨッシー1人では乗り切れなかったでしょう。

振り返る余裕すらなく、勢い任せにホステルやイベント、カフェバーを稼働させる日々のなか、僕は少しずつ違和感を感じるように。

たとえば、接客。

お金を払ってわざわざとまり木まで足を運んでくれるお客様を前に、PCでの業務をこなしながら片手間の接客を繰り返す光景。

PCを閉じるわけでも操作を止めるわけでもなく、聞き耳を立てながら相槌を返す…

宿泊者さんに対しても、カフェバー利用の方に対しても、『ながら接客』は僕の中で到底真摯的な態度ではなく、そんな光景を何とかしたいと考えるようになりました。

…とはいっても、400円の珈琲を一杯注文してくれたお客さんに対して、2時間3時間と作業を中断して向き合えるほど、とまり木に余裕がある状態ではありませんでした。

「PC作業するスペースを別に作って、接客とPC作業をするスタッフ、場所を分けてお客さんを迎え入れられないものか。」

「いっそのことコワーキング、コリビングスペースにしてしまって、作業している状態を肯定できる環境を作ってはどうか。」

「シフトを調整して、在宅で作業できる時間を確保してはどうか。」

色々と提案はしたものの、結局は大きな改善には向かえず、元の状態に戻ってしまう日々でした。

単純に業務量が減らせないこと、宿としてのスペースが限られていること、資金面の問題など、様々な要因があってのことでしたが、問題を解決するための具体的なアクションには至りませんでした。

そもそも…

その違和感のようなものは、僕の中だけで勝手に生まれていることであって、ヨッシーの中にはないのかも…とも感じ始めました。

長く時間を共にするようになると、リアクション一つで優先度や関心の度合いがなんとなく分かるようになるものです。

立場や役割の違いもあると思いますが、そもそも目指す場や大切にしたいことの優先順位が違うんだなぁという感覚を覚えるように。

必ずしもそれをネガティブには捉えていませんでしたが、とまり木としての判断軸、行動指針となるものが不明瞭だったこともあり、どうすればいいのか分からない、なんだか腑に落ちない感じが常に付きまといました。

また、こんなことも。

「いつも会議してるんですか?」

「正直、入りづらい雰囲気…。」

自分たちの中では実りのあるイベントを楽しんでいても、TOMARIGIと接点のない方(宿の前を通る機会の多い同世代の知人)からはそんな風にも映っていたようで、それらの言葉はショッキングなものでした。

少し言葉を変えると『ハッとさせられる』感じがあったのです。

人を巻き込むワクワク、楽しみかたを僕らはできていたのだろうか…

楽しそうに楽しんでいたのだろうか…

ただ娯楽的な飲み会をしたいわけじゃないけど、コワい顔して堅苦しい会議をしたいわけじゃない。

微妙なニュアンスを僕は埋めていきたいけど、そもそもとまり木として埋めていきたいところなのだろうか…やっぱり分かりませんでした。

業務量と人員とのバランスは取れているのだろうか…などと思うことも。ヘルパーの修君が1ヶ月とまり木に来てくれて、改めて人手が欲しいと体感しました。

(夏の繁忙期はみんなやつれていて、近づきがたい雰囲気があったことは、周りの方も指摘してくれていた通りだと僕自身も思います。)

自分の中にある違和感に輪をかけ、『姿勢』や『雰囲気』『体制の見直し』を改めて意識するようになりました。

違和感を解消するための話し合い。

感じる違和感はMTGで都度共有するようにしていました。

ズレがあるなら早く修正した方がいいし、自分たちの『姿勢』を明確にしないと、発信も接客もぼんやりとしたものになってしまう…。

MTGを通じて問題提起はするものの、その多くは結論が出ず話し合いが終わってしまい、方向性に対する明確な共有は出来ませんでした。

そして、それらの違和感を議題にするのはたいてい僕ひとり。ヨッシーともーりーは頷きながら「そうですよねー」「うーん、難しい…」を繰り返す日々。

二人は何をどの程度考え、何にどの程度危機感を感じ、違和感を感じているんだろう…ひょっとしたら僕だけが思っていることなの?

そんな日々が続き、答えの出ない回廊に僕が入ったのは、少し忙しさが和らぎ始めた9月後半くらいからでしょうか。

その頃から業務に対するモチベーションは下がる一方で、言われたこと以外はしない…というほどに、自主性をセーブしたり、主体性を完全に失っていました。

違和感の波は引くことがない。。

ヨッシーは何を考えているんだろう?

この違和感は僕だけなんだろうか?

そもそもどんな宿にしたいんだろう?

僕に求めていること、期待していることって何なんだ?

違和感を見て見ぬふりはできない。隠さずに伝えよう。

言葉を選びながら思考を駆使して共有をしても、全体としての答えは一向に出ない日々。答えより先に予定(シフト・宿泊予約・イベント日程)が埋まっていく日々を止めることができず、淡々と業務に当たらざるを得ない…

これを黙認し、自分らしさを失ったまま働くのも一つなのかなぁ。そんなことも考えていました。

シフトの兼ね合いもあり、ヨッシーと合う日は週に2回程度。

作業効率を上げ、休む日を確保するアクションを選択すると、メンバー同士が会う時間は極端に減っていきました。

分からないことを分からないと言う…毎回問い詰めてしまうようなコミュニケーションになると、お互いに疲弊していきます。言う側も、言われる側も。

一方で、それを避けてコミュニケーションをとらなくなると、様々なすれ違いも生まれ始めます。

自分がいない間に、もーりーとヨッシーの2人だけで共有されている事項も増え、自分だけが知らされていない状態に不信感のようなものを抱くように。

自分が認識する必要がある事項なのか、そもそも知らなくていい事項なのか…それすらも分からない。

これに関してもMTGで何度か議題に挙げるも明確な結論は出ず、自分だけ知らない…という状況や、それに対する違和感はなくなりませんでした。

共有するのが上手くない人たちなんだ。

ものごとを決定することが苦手なんだ。

そもそも僕がでしゃばりすぎ、考えすぎなのかもしれない。

具体的なことを語られず、過ぎゆく日々の中で、改めてこんなことを思うようになりました。

「とまり木(ヨッシー)に何を求められているんだろう。何を期待されているんだろう。」

…ここが見えないことが、僕にとってこんなに辛いことだとは思いませんでした。どんな距離感で、何をしていいのか分からない悶々とした状態は続きます。

そこで、時期をみて改めてヨッシーが思い描く宿について深掘りしてもらう機会を作りました。彼自身もどうしていいのか分からなくなっていたからです。

その上で、何を求められ、何を期待され、どのように関わっていけるのか、僕自身の役割も、もう一度ゼロリセットして聞いてみたいと思いました。

ヨッシーは、お人好しで柔軟な人間です。

僕が「こうした方がいい。」「こっちの方が楽しい。」と指し示すと、たいていはそっちへ流れていきます。

今回ばかりは、完全に彼の内側から出て来るもの “だけ” を取り出したかったので、僕は彼の思考から極力遠ざかる手段を選びました。

ヨッシーが目指す TOMARIGI HOSTEL。

そんなこんながあり、12月の1ヶ月をまるまる使い、初心に立ち返り、そもそもヨッシーが目指していた宿のカタチ、彼なりの正解を改めて深掘りしてもらうことに。

結論からいうと、ヨッシーの目指す宿は、僕の目指す宿とは違いました。

もちろん近い感覚を持っているから関わってきたわけですし、彼の目指すところに共感できないわけではありません。ただ、”やっぱり” 違ったのです。

今までのヨッシーとの関係性をみても、今後も僕が口出しすることでヨッシーは “らしさ” を失いかねないし、彼の目指す宿をオウエンしたいからこそ、少し距離をとってとまり木を見守れないかと考えるようになりました。

そもそも僕は微住をしたくて高知に来ているので、『いつかいなくなる』を明確にして関係性を築いてきたし、とまり木はヨッシーが全てをつぎ込んで作ってきた『ヨッシー自身の宿』です。

外野が主導権を握るのは違うと思うし、僕が目指す場は、僕が全てをつぎ込んで始めればいい。改めてシンプルにそう思ったのです。

お金の問題も。

また、関係性を継続させるためには、お金の問題も避けて通れませんでした。

はじめの半年はとりあえず報酬は二の次。

最低限生活するためのお金だけを受け取りながら、とまり木を面白がって伸ばしていくことに注力していました。しかし、それを一年、二年と続けていける体力は僕にはありません。

壊れたPCやカメラを修理に出すお金もないし、実家に帰る航空券すら捻出するのが容易ではない現状…その先に多少報酬をもらう未来がないと投資し続けることは難しい。シンプルにそう思うようになりました。

一方でとまり木にも、人件費にお金が掛けられない状況がありました。収支のバランスを考えると、このままだとストックが一向に貯まっていかないのです。

人手は必要だけど、人件費をかけて人を雇うことが困難。もし人件費をかけるなら、とまり木として “いま” 投資すべき最優位事項を、範囲を明確にして注力することしかできない。

話し合いを続けるなかで、選択肢は随分と明確になってきました。

『池見優』と『ちえぞう』。

少し脱線しますが、ここで僕が旅で影響を受けた二人の友人の話をさせて下さい。

大分県竹田市で出会った『池見優』と、岐阜県飛騨古川で出会った『ちえぞう』です。

2016.03~2017.02 の期間で、僕主導でしていた『移動式ゲストハウス House Caravan』という活動。

ハウスキャラバンとは、SNSの発信を通じて参加者を募り、旅の日常をシェアしながら、6人乗りのキャラバンカーで日本全国を巡業するソーシャルアクションです。

実際に面識のなかった二人ですが、彼ら自身が、自分が住んでいる町のファンであり、面白い場や友人を紹介したい…と、SNSでコンタクトをとってくれたのがきっかけで出逢うことができました。

エピソードは長くなるので割愛しますが、当時の二人に共通する点を挙げてみるとこんな感じでした。

<二人の共通点>

・自分ではコミュニティを運営/管理していない

・幾つかのコミュニティを渡り歩ける関係性がある

・外から来た人を身銭を切っておせっかいできる

・自分が好きな人、好きな場所をただ連れまわす

・普通の旅では実現できない圧倒的な体験をさせてくれる

2人はコミュニティとして機能している場で働いているスタッフではありませんでしたが、よそから来た僕を、近しいコミュニティや友人たちに面白がって紹介してくれました。

信頼されている人が面白がって紹介してくれたことで、僕は初対面では難しいだろう距離感で、地域の方々とざっくばらんに交流ができました。

本当に嬉しく、そして貴重な体験でした。

彼らは、僕にとって『ヨソモノと町のハブとなる存在』でした。

誰かが僕を訪ねて来てくれた際に、友人を連れまわせる体力(資金や時間やエネルギー)がある状態、誰かが来た時に連れまわせる関係性が地域にある状態、

誰かを引き寄せる発信/受信ができる状態、オウエンできる人たちがいる場所で生活できること

もしかしたら、僕が大切にしたいのはここなのかもしれないと考えるようになりました。

<高知に来た理由>

・高知で微住生活を送る実験をすること

・高知の魅力をヨソモノ目線で切り取り、ブログやSNSで発信すること

・今まで出会った面白い人たちに、高知やとまり木に来てもらうきっかけを作ること

・他地域の話を高知ですること、他地域の取り組みやアイデアを場に活かすこと

・とまり木を高知一のゲストハウスにすること。ヨッシーを勝たせること

冒頭で書いた『僕が高知に来た理由』を重ね合わせた時に、僕は必ずしもとまり木に所属し、とまり木で働く必要がないのかもしれないと気付いたのです。

「ゲストハウスで働きたくて高知(とまり木)に来たわけではない。」ということを再認識し、近い距離で見守る常連さんのような役割を目指せないかと思うようになりました。

いずれとまり木を離れるわけだし、外部の人間として、とまり木を近い距離でオウエンできる環境を自分の手で作っていきたい。

3月以降の動きかた。

(なんだよこの写真。笑)

結論から言うと、2019年3月で一旦主要メンバーから外れます。

そして、3月から10月までの半年間は、自分の住環境を整えるためにも、また、とまり木が次のステップへ向かうためにも、ヘルパースタッフとして最低限の関わりを継続していきたいと考えています。

ただ、今までのようにガッツリととまり木の運営に関わることは無くなります。

そして、いずれはフェードアウトすることを目標にしています。

今回の離脱は、仲違いではありません。

僕はヨッシーを本当に尊敬しているし、違う要素を持ち合せている人間同士が一緒に関わることの面白さや可能性も感じられました。

今回の選択は、 “いま” のとまり木を持続可能なホステルにしていくための選択として、両者間で納得して出した決断です。

今後とまり木が成長していくなかで、また僕のような役割が必要になるかもしれませんし、お互いの向かう未来に、また一緒に一つの場所を運営する機会があるかもしれません。

その時がきたら、またその時に考えようと思います。

2019年のとまり木は、また新たなチャレンジが続く一年になると思います。

いま以上に面白い展開を迎えるだろうことは、僕から先に公言しておきますね。笑

数ヶ月間苦しんだこの体験が、

実を結ぶ日が来ますように。

そして、

同じように葛藤している人たちが、

自分らしい未来へと向かえますように。

オウエンしています!!

微住者の佐藤は、

1月より市内で職探しを始めます~。

その後の【続編】はこちらになります>>

年明けに【とまり木の運営を離れる】という記事を書きましたが、今回は【高知を離れる】という内容になっています。ここ数ヶ月に渡り葛藤をし続けた自分が出した答えです。長くなってしまいましたが、是非お読み頂けたらと思います。

TOMARIGI HOSTEL 宿情報

TOMARIGI HOSTELは、2018年2月15日、高知駅から徒歩15分の菜園場にオープンした新しいゲストハウスです。3つのSNS( Facebook、Instagram、Twitter )と、HPを通じて情報発信をしています。是非フォローよろしくお願いします。

TOMARIGI FACEBOOK

TOMARIGI INSTAGRAM

TOMARIGI TWITTER

TOMARIGI HP

▼TOMARIGI HOSTEL KOCHI

とまり木ホステルでの日々に関しては、こちらのカテゴリーに蓄積させています。

https://satoshohei.com/tomarigi-hostel/

こちらの記事も是非

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関係人口という概念が広がりつつある今、ハウスキャラバンでの活動や旅人インレジデンスの発想をもとに、『旅するように暮らす』『暮らすように旅する』を考える。移動する生き方をしながら地域と関わる【ローカル×ソーシャル×旅】の新しい仕組み。
新しい概念として現在注目されている「関係人口」について書いた記事を蓄積しているページです。オススメの書籍などの紹介もしているので是非。
雑誌ソトコトを開くと、田中佑典さんという方が『微住』という言葉を語っていた。…何が起こっているのか分からず、とりあえず手当たり次第調べてみることに。するとみえてきた、もう一つの『微住』。恥ずかしい自意識を凌駕した見事なシンクロニシティ。
移住・引越しを前向きに考えている人へ。 イギリスの研究チームの論文によると『その地域が、住む人の性格に合っているか。』が、生活満足度に与える影響の1/3を占めていることがわかったそうだよ。
「今の人生に迷っているなら、とりあえず生きられる環境を確保しながら移動してみたら?」蒼井優主演の映画『百万円と苦虫女』から考える微住の旅について。

▼Facebook:@satoshoheicom

ブログタイトルにある『微住』とは、「移住・定住」と「旅での滞在」の間にあるような、「旅するように暮らす」「暮らすように旅する」をバッグ一つで実現する、前向きな仮暮らし的生活スタイルであり、地域と繋がるソーシャルアクションのことです。

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名前:佐藤翔平 / 活動:日本のローカルをオウエンする旅人。 【移動する生き方】を実践する中でみえてきた多様な知見を共有しながら、日本各地の人と面白がれる明日を創るべく様々な社会実験をしています。  
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